大阪高等裁判所 平成6年(ネ)2680号 判決 1995年11月30日
神奈川県横須賀市追浜本町一丁目一〇五番地
控訴人
株式会社 ケープ
右代表者代表取締役
花房志郎
右訴訟代理人弁護士
斎藤方秀
木村修治
大阪府八尾市太田新町二丁目四一番地
被控訴人
三和化研工業株式会社
右代表者代表取締役
岡田禮一
右訴訟代理人弁護士
竹内靖雄
右輔佐人弁理士
山本孝
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
以下においては、控訴人を「原告」と、被控訴人を「被告」とそれぞれ表記する。
第一 申立て
原告は、原判決取消しとともに次の請求の趣旨に記載の判決を求め、被告は控訴棄却の判決を求めた。
(請求の趣旨)
一 被告は原判決別紙物件目録(一)記載の物件を製造し、販売してはならない。
二 被告はその所有する前項記載の物件を廃棄せよ。
三 被告は原告に対し二七〇万円及びこれに対する平成四年一一月二七日から支払済みまで年五分の割合による金額を支払え。
第二 事案の概要
一 原告製品
原告は、医療機器類の製造、販売等を目的とする会社であり(弁論の全趣旨)、原判決別紙物件目録(二)記載の床ずれ防止用の交互膨縮型エアマットレスを製造し(原告製品)、これを主として医療器具を扱う代理店を通じて全国の病院、老人ホーム等に「スタンダードマット」の商品名で販売している(争いがない)。
原告製品のエアセルは一本おきに二系統(A系統とB系統)に分けられ(原判決別紙図面1)、エアポンプ(送風機)を操作すると、ポンプ内の切替弁が作動して、一系統のみの送風チューブ(例えばA系統)に接続して送風が行われる。一定の時間(約五分)が経過すると、切替弁が回転して、他の系統の送風チューブ(例えばB系統)に送風が切り替わり(原判決別紙図面2)、送風の終わった前の系統(例えばA系統)のエアセル内の空気は、排気孔から抜けていく。このように送風と排気が約五分ごとに繰り返されることにより、エアセルの交互膨張と縮小が繰り返され、身体の保持圧力が徐々に切り替わり、床ずれの防止及び治療となる(甲二五、証人竹田)。
二 被告の行為
被告は、試験管立、篭等理化学用具の製造販売等を目的とする会社であり、平成四年五月から原判決別紙物件目録(一)記載の床ずれの防止及び床ずれ治療を目的とするエアマットレス(商品名「ヘルシーマット、セルタイプ」。被告製品)を製造、販売している(争いがない)。
三 請求の概要
原告製品の形態及び色彩は、遅くとも被告製品の製造、販売開始時点である平成四年五月には、不正競争防止法二条一項一号にいう「商品等表示」として需要者の間に広く認識されるに至るとし、被告製品の形態及び色彩は原告製品の形態及び色彩と類似し、原告製品と混同を生じることを理由に、<1>被告製品の製造、販売の停止、<2>被告所有の被告製品の廃棄、<3>被告製品の製造、販売により原告が被った損害賠償を請求。
四 主な争点
1 原告製品の形態及び色彩が、商品表示性及び周知性を取得したか。
2 被告製品の形態は原告製品の形態に類似するか。両者に混同が生じるか。
3 1、2が肯定された場合、被告が賠償すべき原告に生じた損害の金額。
第三 争点に関する当事者の主張
一 争点1(原告製品の形態及び色彩が、商品表示性及び周知性を取得したか)
1 原告の主張
(一) 形態及び色彩の特徴、そして周知性の獲得
原告製品の使用時における形態及び色彩は、原判決別紙物件目録(二)に記載のとおりであり、横長で円錐台形状(鼓状)のエアセルを、縦方向に一六本配列し、そのエアセルをホックでベースシート上に固定し、右エアセル、ベースシートはいずれも茶色に彩色されているところに特徴がある。
原告製品は、昭和六二年ころから、原告がそれまで製造販売していたエアマットレス「リップルベッド」(リップルベッドの詳細については後述)を改良して、円錐台形状(鼓状)のエアセルを縦方向に一六本配列し(リップルベッドは一四本)、エアセル、ベースシートに茶色の彩色を施して、「スタンダードマット」という商品名を付した製品である。
エアセルを一六本としたのは、一四本の場合に比べ、個々のエアセルの寸法を小さく設定することができるからである。交互膨縮型エアマットレスメーカーの草分け的存在である原告の長い経験とノウハウを生かしたもので、より日本人の体型に合うように改善されたものである。これにより、使用者の体を低く支えることができるようになり、それだけ看護者の処置のしやすさが増大するとともに、マット(エアセル)が体に接触する部分の面積がそれだけ少なくなるので、寝心地がより良くなり、除圧の効果もより期待できるようになった。
原告は、リップルベッド及び原告製品のエアセル及びベースシートを茶色に彩色しているが、エアマットレスのエアセル及びベースシートの色彩に茶色を採用したのは、原告が我が国において最初であり、これにより原告製品の出所識別が容易になっている。エアマットレスの彩色は、各社においていわばコーポレイトカラー的に各自の特徴を出していて、原告が当初から茶色を採用していることは業界では知れわたっている。
原告は、商品展示会で原告製品を展示紹介したり、原告製品紹介のためのパンフレットをカラー印刷にして、原告製品の全体像を大きく撮影した上、エアセルの形状も詳しく図示、説明するなど、全国の取扱代理店、販売店等を通じて、原告製品の形態及び色彩を広告宣伝し、積極的に販売活動を展開してきた。その結果、原告製品は、交互膨縮型のエアマットレス部門では我が国でトップシェアを占めるまでに普及した。それとともに、原告製品は、介護用品を広く紹介する公的な手引書等にも、交互膨縮型エアマットレスの代表的な商品として、たびたびカラー写真により商品の形態及び色彩がありのまま掲載され、「エアセルは端部が太く、中央部が細くなっています。このため、体の中心部に余計な負担をかけません。」などと、技術的機能の詳細な説明も付された上で紹介されるまでになった。公的な病院、施設等での使用実績も好評であったところから、各地の地方公共団体でも、エアマットレス商品の入札に当たっては、ケープ(原告)のスタンダードマットそのもの、あるいはこれと同等のものと指定されるようになっており、原告製品は正にエアマットレスの代名詞的な存在にまでなっている。
このようにして、原告製品は、その使用実績に裏付けられて全国的に普及し、原告は、床ずれ防止及び治療用エアマットレスの製造販売について日本における草分け的な存在となり、リップルベッドが主力製品であったころから茶色に彩色した商品を製造販売してきたこともあって、原告製品の形態及び色彩は、原告の商品であることを示す表示として需要者の間で周知性を獲得していた。
(二) 被告の主張に対する反論
被告は、原告が、英国ターレイ社から床ずれ防止及び治療のためのエアマットレスを輸入し、それを「リップルベッド」の商品名で販売していたとし、そのほか株式会社岡島産業、ドリーム特販株式会社、及び帝国臓器製薬株式会社が「リップルベッド」と同一の製品を過去に販売していたか又は現に販売しており、「リップルベッド」は、原告が原告製品の形態上の特徴として主張するところをほとんど備えており(相違点は、原告製品のエアセルが一六本なのに、「リップルベッド」のエアセルが一四本である点のみ)、また、エアセルの彩色も茶色で原告製品と一致するから、結局、原告製品は英国ターレイ社製品の模造品にすぎず、原告製品はその形態及び色彩自体で他人の商品と識別できるような商品表示性を取得していないと主張する。また、被告は、原告の「リップルベッド」のカタログや、(株)岡島産業、ドリーム特販(株)の前記各エアマットレスのカタログに、製造元として英国ターレイ社が記載されていたり、これらの商品が英国ターレイ社が新しく設計した床ずれ予防、治療システムである等の記載があることを指摘し、リップルベッドや、(株)岡島産業、ドリーム特販(株)のエアマットレスが英国ターレイ社製であること、あるいは少なくともそのように表示されていたことは明らかなので、リップルベッド等と酷似する原告製品の形態及び色彩が、原告の商品たることを示す表示とはなり得ないと主張する。
しかし、原告が「リップルベッド」として販売した商品は、英国ターレイ社製ではなく、原告独自の製品である。
英国ターレイ社製のエアマットレスは、もともと青色に彩色された塩化ビニール製の製品であった。原告代表者の花房志郎は、かつて英国系の商事会社ドッドウェル&カンパニーリミテッド日本支社(ドッドウェル日本支社)に在籍していた当時、これを輸入しようとしたが、故障が発生したので、英国ターレイ社の承認の下に、花房が独自にエアマットレスを企画、開発し、これを英国ターレイ社から輸入した送風機と組み合わせて、リップルベッドという商品名で販売したのである。その後、ドッドウエルの厚意で、最終的に原告が販売権を承継することができた。(株)岡島産業、ドリーム特販(株)、及び帝国臓器製薬(株)が販売している被告指摘のエアマットレスは、原告製造のエアマットレスと、英国ターレイ社製の送風機を原告から購入して販売しているものであり、原告自身あるいは(株)岡島産業、ドリーム特販(株)、及び帝国臓器製薬(株)を通じて販売しているエアマットレスには、原告の製造に係る商品であることを明示するラベルが付されている(帝国臓器製薬(株)販売の商品については甲第二号証の1、その余の会社が販売する商品については甲第二号証の2)。なお、(株)岡島産業は昭和六〇年六月ころ倒産し、ドリーム特販(株)は原告が昭和六一年一一月ころ原告製品を発売し始め、英国ターレイ社からの送風機の輸入を中止してからは、主力商品を原告製品に切り替えた(ただし、同社の顧客からの特別注文、売却先からのメンテナンスの依頼により、原告がリップルベッドの名称で販売している商品の在庫が極く少量残存している。同社の病院関連事業部は既に廃止されている)。また、帝国臓器製薬(株)は、元来、原告から英国ターレイ社製の送風機と、原告がリップルベッドの名称で販売している商品を購入して、「リップルベッド」の商品名で販売していたが、昭和五七年一一月ころ、送風機のみを独自商品に切り替えるに当たり、商品名を「RBエアーマットテイゾー」と変更し、これに伴い、従来使用していた甲第二号証の2のラベルを、甲第二号証の1のものに変更した。
確かに原告がリップルベッドとして販売していた商品のカタログや、(株)岡島産業、ドリーム特販(株)のエアマットレスのカタログには被告指摘の記載がある。しかし、原告が英国ターレイ社が製造していた送風機を輸入していたことは間違いないし、エアマットレスについても、同社の承認を得て、同社が開発した床ずれ予防、治療用のエアマットレスとほぼ同じ設計のエアマットレスを製造し、同社と同じ商品名で販売していたから、そのような趣旨で右カタログを作成したものであり、(株)岡島産業、ドリーム特販(株)のカタログも、原告がリップルベッドの名称で販売していた商品のカタログを大部分利用したことから、同趣旨の記載となったものである。
原告製品と原告がリップルベッドの名称で販売していた商品は、エアセルの本数が、前者は一六本なのに対し、後者は一四本である点で相違する。また、後者では、白色の送風チューブがエアマットレスの上部に、縦方向に直線で目立つような状態で据え付けられているのに対し、前者では、全く目立たない位置に送風チューブが据え付けられている点でも相違する(これにより、美感が改善され、移動の際にチューブを持つことによる損傷を防ぐことができる)。このように、原告製品と原告がリップルベッドの名称で販売していた商品には、外観上明白な相違点が存在するから、被告主張の点をもって、原告製品の商品表示性を否定することはできない。
2 被告の主張
(一) 一般論
不正競争防止法二条一項一号でいう「商品等表示」とは、取引者又は需要者が、商品に付されている表示自体により、特定人の製造販売に係る商品であることを認識することができ、これと第三者の商品とを区別するに足りる自他識別機能を備える表示をいうものであり、したがって、商品の形態が、商品等表示と認められるためには、少なくとも、商品の形態それ自体で他人の商品と容易に識別し得るような独自の特徴を有することが必要である。
商品に施される彩色、殊に単色の彩色は、それ自体独立して「商品等表示」たり得えないというべきであり、仮に右「商品等表示」たり得るとしても、その色の商品を見る者はだれでも直ちに特定の者の商品だと判断するに至った場合とか(セカンダリーミーニングの取得)、その彩色をすれば、だれでも直ちに特定の者の商品であると判断するなど(トレードネーム)、その彩色が他人の商品と極めて密接に結合し、出所表示の機能を果たしているような場合にのみ、「商品等表示」として保護されるにすぎない。
(二) 原告製品の経緯
原告は、昭和五六年四月一日、ケープトレーディングリミテッドと称する有限会社として設立されたが、昭和六〇年に株式会社に組織変更し、ケープトレーディング株式会社となり、さらに平成元年に現商号「株式会社ケープ」に変更している。帝国臓器製薬(株)は、有限会社としての原告設立以前、遅くとも昭和五五年には、エアセルタイプで交互膨縮型、エアセルの形が円錐台形状(鼓型)、エアセルの彩色が茶色のエアマットレスを「リップルベッド」の商品名で販売していた。このエアマットレスは、原告が原告製品の形態上及び色彩上の特徴と主張するものをほとんど備えている(エアセルの本数は一四本)。また、兼松エレクトロニクス株式会社は、昭和五四年には、エアセルタイプで交互膨縮型、エアセルの形が円錐台形状(鼓型)のエアマットレスを「アルファベッド」の商品名で販売していた。このエアマットレスは、原告主張の色彩上の特徴は備えていないが(エアセルの彩色は青)、形態上の特徴はほとんどを備えている(エアセルの本数は一四本)。また、有限会社メディカ商会も、昭和五五年ころには、エアセルタイプで交互膨縮型、エアセルの形が円錐台形状(鼓型)のエアマットレスを「メディカマット」の商品名で販売していた。このエアマットレスは、彩色及びエアセルの本数については不明であるが、原告主張の形態上の特徴をほとんど備えている。これらの商品はいずれも外国製である。
原告は、株式会社に組織に変更する前の有限会社当時から、英国ターレイ社から、床ずれ予防、治療のためのエアマットレスを輸入し、これを「リップルベッド」という商品名で販売していた。このリップルベッドは、横長で円錐台形状(鼓型)のエアセルを、縦方向に配列し、そのエアセルをホックでベースシート上に固定しており、原告主張の形態上の特徴をほとんど備えている(相違点は、エアセルの本数が、原告製品では一六本なのに、「リップルベッド」では一四本である点のみ)。原告が輸入販売していた「リップルベッド」は、原告主張の色彩上の特徴である茶色に彩色されている。英国ターレイ社製のエアマットレスは、(株)岡島産業(商品名「リップルエアーマットレス」)、ドリーム特販(株)(商品名「リップルベッド」)及び帝国臓器製薬(株)の各社により、過去に販売され、倒産した(株)岡島産業を除き、現在も販売されている。帝国臓器製薬(株)は、いわゆるリップルベッドと規格が一致するもののほか、エアセルの本数が一二本、二一本、二二本、二六本であるほかは、原告主張の形態及び色彩上の特徴をすべて備えているエアマットレスを販売している。なお、帝国臓器製薬(株)の一連の商品は「RBエアーマットテイゾー」の名称が付されている。
このように、原告製品は、原告が従前から輸入、販売し、現在も輸入、販売している英国ターレイ社製のエアマットレスの形態及び色彩をそっくりそのまま模倣し、ただエアセルの本数を変えただけのものにすぎず、何らの独創性もない商品である。原告製品はその形態及び色彩自体で他人の商品と容易に識別し得るような独自性を全く有していない。原告が有限会社として設立される以前から、帝国臓器製薬(株)や兼松エレクトロニクス(株)、(有)メディカ商会により前記のようなエアマットが販売されていたことも併せ考えると、このことは更に明らかである。
よって、原告製品は、その形態及び色彩において、長年継続的かつ排他的、独占的に使用されてきたものではなく、商品表示性を取得していない。
(三) 取引者、需要者からみての原告の商品であるとの認識欠如
原告は、原告がリップルベッドという商品名で販売しているもののうち、エアマットレスは、原告が独自に企画製造したものであり、送風機のみを英国ターレイ社から輸入したものであると主張し、(株)岡島産業、ドリーム特販(株)、帝国臓器製薬(株)が販売する前記各商品も、原告がリップルベッドという商品で販売していたもの、つまり原告が製造したエアマットレスと、英国ターレイ社製の送風機を組み合わせたものを原告から購入したものであると主張する。
しかし、いわゆるリップルベッドについての原告カタログには、英国国旗が記載されている上、「製造元英国ターレイ社」「輸入総発売元ケープトレーディング株式会社」「床ずれに対する予防、治療の研究成果を踏まえ、専門的な立場で技術開発に取り組んできた英国ターレイ社が、新しく設計した床ずれ予防・治療システムです。」との記載があり、(株)岡島産業の「リップルエアマットレス」のカタログには、「MADE IN ENGLAND」と明記され、また、「英国ターレイ社が、特に日本の療養者向けに新しく設計したエアーマットレスです。」と記載されており、ドリーム特販(株)の「リップルベッド」のカタログには、「製造元英国ターレイ社」「販売元ドリーム特販株式会社」「英国ターレイ社が、日本における病院・施設等のご意見や、ご要望を反映し、特に日本向けに新しく設計した理想的なエアーマットレスです。」との記載があるし、帝国臓器製藥(株)の「RBエアーマットテイゾー」のカタログにおいて、国産の製品にはその旨表示があるのに、エアセルが一四本のものにはそのような表示がない(詳しくは原判決別紙一覧表)。また、原告を取材した新聞記事(甲第二一号証)によれば、花房志郎は英国ターレイ社製エアマットの輸入に賭け、株式会社に組織変更する前の有限会社ケープトレーディングリミテッド(原告)を設立し、やがて品質や割高な輸入価格に満足できなくなり、一九八七年(昭和六二年)に自社開発製品の販売に踏み切ったとされている。
右の諸事実からみて、原告がリップルベッドの名称で販売していた商品、(株)岡島産業、ドリーム特販(株)、及び帝国臓器製薬(株)が販売する前記各商品はいずれも英国ターレイ社製であることが一見して明らかであり、そうでないとしても、原告や(株)岡島産業、ドリーム特販(株)、及び帝国臓器製薬(株)は、これらの商品が英国ターレイ社製のエアマットレスであることの認識を与えるべく、その旨の、あるいは、それをうかがわせる表示をして営業販売活動を継続していたのであり、取引者又は需要者は、これらの商品について英国ターレイ社製であるとの認識を持ちこそすれ、原告の企画製造に係る商品である旨の認識を持ち得ない。不正競争防止法二条一項一号にいう商品等表示に該当するか否かは、取引者又は需要者に対して表示された事実によって判断されるべきもので、実際にその商品がだれによって製造されたかは問題でないのである。有限会社当時あるいは株式会社に組織変更後の原告、(株)岡島産業、ドリーム特販(株)、及び帝国臓器製薬(株)のカタログにはこれらの商品が英国ターレイ社製であることを示すかのような記載があるが、実はそれらは嘘で、実際には有限会社当時あるいは株式会社に組織変更後の原告が独自に企画製造したものであるとでも説明すれば、需要者としてもこれらの商品が有限会社当時あるいは株式会社に組織変更後の原告の製品であるとの認識を持ち得るであろうが、そのような説明がされるはずもない。
(四) 原告製品のラベル
原告は、原告がリップルベッドの名称で販売していた商品、(株)岡島産業、ドリーム特販(株)、及び帝国臓器製薬(株)が販売する前記各商品に付されたラベルに、原告の製造であることが明示されている旨主張する。しかし、そのようなラベルが実際に付されているかどうか疑問であるばかりでなく、そのラベルと称するものは、英語で
PRODUCED BY CAPE TRADING LTD.UNDER LICENCEFROM Talley Medical Equipment Ltd.
と記載されていて、日本国内の取引者又は需要者がその内容を理解できるかは疑問である。仮に理解できたとしても、CAPE TRADINGLTD.の日本における所在地が記載されていない以上、日本法人である原告が企画製造した商品であるという認識を持つことはできない。また、原告がリップルベッドの名称で販売していた商品の送風機(送風機が英国ターレイ社製であることは原告も認めている)に「Talley Ripplebed」とさざ波を示すようなデザインで表示されていることから、右表示は英国ターレイ社製のリップルベッドであることを示す独特のデザインであると考えられるところ、原告主張のラベルの「Ripple Bed」という文字も、送風機の表示と同一の字体及びデザインで記載されている。
原告は、原告がリップルベッドの名称で販売していた商品と原告製品は、エアセルの本数、大きさ、及び送風機の据付位置等が異なるから両製品識別は容易だとするが、これらの要素は商品表示性を有しない。
(五) 原告製品の分析
原告製品は、その形態及び色彩が、英国ターレイ社製の(少なくともそのように表示されて販売されてきた)エアマットレスと類似するか否かという問題を別とすれば、以下にみるとおり何の特徴もなく、その形態及び色彩自体が強力に宣伝、広告されてきたものでもない。したがって、原告製品の形態及び色彩は商品表示性及び周知性を取得していない。
(1) 原告製品はエアセルタイプの交互膨縮型のエアマットレスであること
原告製品に先立ってエアセルタイプの交互膨縮型のエアマットレスが日本国内において広く販売されてきたことは既に詳述したとおりであり、原告製品がエアセルタイプ、交互膨縮型である点には何の独自性もない。
(2) 原告製品のエアセルは円錐台形状(鼓型)であること
エアセルの形が円錐台形状(鼓型、凹曲型)であることは、床ずれ防止のために、体圧を平均に分散して、身体の中心に余分な負担をかけないようにするため、また、エアマットレスが人体の頭部、背部、腰部等の体型に沿うようにするための技術的機能に由来する形状である。英国ターレイ社のリップルベッド(原告が英国ターレイ社製であることを認める甲第四号証掲載のもの)、多比良株式会社、エンゼル銘柄(製造、販売会社は不祥)及び株式会社モルテンのエアマットレスのエアセルも、同様の形態を備えている。
ちなみに帝国臓器製薬(株)はエアセルタイプの交互膨縮型エアマットレスにつき実用新案権を取得しているが、実用新案公報(平二-二三四四)の考案の詳細な説明においても、エアセルは鼓型になっており、「……身体が安定して落着くようになっている。」と記載されている(3欄10行目~11行目)。
(3) 原告製品のエアセルは縦方向に一六本配列されていること
原告製品のエアセルが縦方向に一六本配列されている点も、形態上の特徴ではない。エアセルタイプの交互膨縮型のエアマットレスにおいて、エアセルが縦方向に配列されているのは、原告製品に限ったことではなく、原告製品に先立って販売されていた同種のエアマットレスにも見られる。交互膨縮型のエアマットレスにおいて、エアセルの本数が偶数本となることは当然の前提であり、原告製品に先立って販売されていた同種のエアマットレスにも見られるところである。そもそも「エアセルの本数が一六本」であることは独自性を見いだすことができる性質のものではなく、原告製品が、「エアセルが一六本」であるということで周知性を取得しているともいえない。(有)メディカ商会も、エアセルの本数が一六本のエアセルタイプのエアマットレスを販売している。
(4) 原告製品のエアセルはホックでベースシートに固定されていること
エアセルタイプの交互膨縮型のエアマットレスにおいて、エアセルをホックでベースシートに固定することも、原告製品に限ったことではなく、原告製品に先立って販売されていた同種のエアマットレスにおいてもみられる。本来、エアセル等の布製のものをベースシート等の布製のものに固定するためホックを使用することは慣用の手段であり、前記の帝国臓器製薬(株)の実用新案公報においても、エアセルをホックでベースシートに固定することが開示されている(2欄16行目~18行目)。
(5) 原告製品のエアセルの色彩は茶色であること
原告製品のエアセルの色が、複数の色彩等の組合せ、配列等により構成され、看る者をして他と際立った特別の印象を与えるならともかく、単なる茶色という極めて平凡かつ一般的な色であり、何の特徴もない。原告が原告製品のエアセルを茶色に彩色しているからといって、茶色という色彩について原告に独占的使用権が生ずる理由はない。茶色といっても濃淡、他の色との混合などにより、相当多数の「茶色」が存在するのである。
(六) 原告製品の製造販売期間
原告が本件の原告製品の製造販売を開始するに至ったのは、原告主張の昭和六二年ではなく、早くとも平成元年以降にすぎない。販売期間からみても、原告製品の形態及び色彩が商品表示性及び周知性を取得しているとはいえない。
二 争点2(原告製品の形態及び色彩は被告製品の形態及び色彩に類似するか。両製品に混同が生じるか)
この点の原告及び被告の主張は、原判決に示されているとおりである(二八頁から五三頁にかけての二の項)。
三 争点3(原告に生じた損害金額)
(原告の主張)
被告は、遅くとも平成四年五月から被告製品を製造販売している。被告製品の販売価格は一台当たり一万五六〇〇円であり、被告は月間七〇台の被告製品を販売しているが、その利益率は五パーセントである。被告は平成四年五月から平成七年九月までの四〇か月に二一八万四〇〇〇円の利益を得たことになる。そして、不正競争防止法五条一項により、これが原告の受けた損害額と推定され、本件口頭弁論終結時(平成七年九月一四日)までの分を請求する。
第四 争点に対する判断
一 原告製品の形態及び色彩が商品表示性及び周知性を取得したか(争点1)に関する前提事実のうち、まず、原告が「リップルベッド」の名称で販売していたエアマットレス(先行製品)の開発及び販売の経緯をみるに、証拠(甲二の1、2、三、四、一三、一九、二一、二四、三六、三七、五 三、乙一の1、2、二、三、四の1、2、五の1ないし3、一一の3、一四、一九、二一、二二の1、2、二三の1、2、二四、検甲一の1ないし4、証人竹田、被告代表者、弁論の全趣旨)を総合すれば、以下の事実を認めることができる。
(一) 原告は、昭和五六年四月に設立された有限会社ケープトレーディングリミテッドが昭和六〇年五月二日に株式会社に組織変更してケープトレーディング株式会社となり、平成元年七月八日に現商号に変更している。花房志郎は、有限会社として原告を設立して以来一貫してその代表取締役を務めてきている。
(二) 花房は、ドッドウェル日本支社に勤務していた昭和四八年ころ、同社の担当者として、英国ターレイ社製の床ずれ防止用エアマットレス「リップルベッド」の輸入を企画し、初めて日本市場を開拓した。英国ターレイ社製の「リップルベッド」は、エアセルの表面が薄い青色に彩色された塩化ビニール製であった。ドッドウェル日本支社は、英国ターレイ社製の「リップルベッド」を、当初は全部ドリーム特販(株)の前身のドリーム寝台工業(株)を販売代理店として販売したが、同社の本社が広島にあったこともあり、販売地域が西日本にかたよる弊があったので、昭和五〇年ころからは東日本については帝国臓器製薬(株)を販売代理店とした。
英国ターレイ社製の「リップルベッド」は、英国人の体型や英国の気候を前提に設計されていたため、日本人の体型に合わず、塩化ビニール製のため、汗でべとつきやすい等の問題があり、また、エアセルのパンクも多く発生した。そこで、花房は、英国ターレイ社の承認の下に、「リップルベッド」を基本にして日本で独自にエアマットレスを製造することにし、昭和五二年ころから、サイズを英国ターレイ社製の「リップルベッド」より一回り小さめの日本人の体型やベッドの大きさに合わせたものに改良し、エアセルの素材もゴム引き布張りにし、エアセルの色彩は茶色としたエアマットレスを開発し(以下に「原告従来製品」と表すのは、このエアマットレスを指す)、これを「リップルベッド」の名称で英国ターレイ社製の送風機と組み合わせて発売した。原告従来製品は、エアセルの形が円錐台形状(鼓型)で、その数は英国ターレイ社製のリップルベッドと同数の一四本である。
なお、(株)富士経済マーケティング局作成の昭和五六年九月三〇日付け「床ずれ防止用マット調査報告書」(乙第一九号証)には、原告従来製品の販売会社名として帝国臓器製薬(株)が挙げられており(ブランド名は「リップルベッド一般ベッド用マット」)、医療用、一般用合計の原告従来製品の市場占有率は、昭和五五年に販売数量で七・七パーセント、販売高で一〇・二パーセント、昭和五六年(見込)に販売数量で八・二パーセント、販売高で一〇・八パーセントとされている。原告従来製品には、左記のラベルが貼付されているが、ドッドウェル日本支社が製造元であることをうかがわせる記載はない。
RIPPLE BED
FOR BED-SORE THERAPY
“Frusto-Conical Cell Mattress”
PRODUCED BY CAPETRADING LTD.UNDER LICENCE FROM Talley Medical Equipment Ltd.ENGLAND
(三) 昭和五五年に花房がドッドウェル日本支社を辞することになった際、同社としては、原告従来製品の採算がとれないこと、同社において原告従来製品販売を担当していたのが事実上花房一人だったことなどから、原告従来製品の販売からの撤退を検討していた。そこで、花房は、英国ターレイ社、ドッドウェル日本支社、原告従来製品の製造会社、ドリーム寝台工業(株)及び帝国臓器製薬(株)等関係者の了承を得て、自己及び設立を予定していた会社において原告従来製品を販売することにした。その結果、昭和五六年に組織変更前の原告が設立され、株式会社に組織変更される前後を通じ、原告従来製品は、昭和六二年まで英国ターレイ社製の送風機と組み合わせて「リップルベッド」の名称で原告によって販売された。この間、原告は、英国ターレイ社にロイヤリティーの名目で原告従来製品一台につき一二〇〇円を継続して支払ってきたが、これは、原告従来製品の発売時には交互膨縮型のエアマットレスの国内メーカーが十分に成長していなかったため、信用と販売実績のある英国ターレイ社の社名とその主力製品である「リップルベッド」の商品名を利用することが原告従来製品の販売戦略上も不可欠であるとされたからであり、同時にそれに対する対価としての性質を有していた。
原告がケープトレーディング(株)の商号であった時代の原告従来製品のパンフレット(乙第一号証の1、2)の表紙には、上部に「リップルベッド」と商品名が大きく記載され、中央部に原告従来製品の写真が大きく掲載され、下部には、輸入総発売元としてはケープトレーディング(株)の社名が、製造元としては英国国旗を冠して英国ターレイ社の社名が、それぞれ明瞭に表示されており、また、表紙の裏には、「《床ずれ》に対する予防、治療の研究成果を踏まえ、専門的な立場で技術開発に取り組んできた英国ターレイ社が、新しく設計した床ずれ予防・治療システムです。」との記載がある(ただし、乙第一号証の2には《》はなく、「床ずれ」の文字が赤字になっている)。
原告従来製品には、枕が置かれる位置に甲第二号証の2のラベルが貼付されていた。同ラベルは、縦約八・五センチメートル、横約一五・五センチメートルの大きさで、全体の地色は明るいベージュ色である。同ラベルの上部には、幅約一三センチメートルの青地帯(空気を抜いて引き伸ばした状態のエアセルの形態をイメージした上底約一・八センチメートル、下底約三・二センチメートルの二つの台形を上底を重ね合わせて左右対称に配置した鼓形)に大きくRIPPLEBEDと地の色の文字で記載され(一文字ごとに少しずつ上下して記載されているので、全体視からはさざ波のようにも見える)、その下に小さく、FOR BED-SORE THERAPYと書かれている。その下には”Frusto-Conical Cell Mattress”と記載され、さらにその下にエアマットレスに人間が横臥している図柄のイラストが描かれている。その下に二行にわたり、
PRODUCED BY CAPETRADING LTD.UNDER LICENCE FROM Talley Medical Equipment Ltd.ENGLAND と記載されているが、「CAPE TRADING LTD.」の部分は他に比べ太字になっている。
(四) (有)ケープトレーディングリミテッド及びケープトレーディング(株)当時の原告は、(株)岡島産業倒産の昭和六〇年まで、同社に原告従来製品を卸売した。(株)岡島産業は原告従来製品と英国ターレイ社製の送風機を組み合わせて「リップルエアーマットレス」の商品名で販売した。(株)岡島産業が販売していた原告従来製品のパンフレット(乙第二号証)の表紙には、上部に「リップルエアーマットレス」と商品名が大きく記載され、その右上(最上部)に英国国旗とその下に「MADE INENGLAND」の表示があり、中央部に原告従来製品の写真が大きく掲載され、また表紙の裏には「床ずれに対する予防・治療の研究成果を踏まえ、専門的な立場で技術開発に取組んで来た英国のターレイ社が、特に日本の療養者向けに新しく設計したエアーマットレスです。」との記載がある。(株)岡島産業が販売する原告従来製品にも、枕が置かれる位置に甲第二号証の2のラベルが貼付されていた。
(五) 有限会社当時及び商号変更前の原告は、ドリーム特販(株)に原告従来製品を卸売した。ドリーム特販(株)は、原告従来製品を英国ターレイ社製の送風機と組み合わせて「リップルベッド」の商品名で販売した。原告における主力製品が原告製品となってからは、原告からドリーム特販(株)への卸売も、原告製品が中心となり、ドリーム特販(株)の顧客から特に注文があった場合や、ドリーム特販(株)の売却先からのメンテナンスの依頼があった場合には、原告従来製品が取引される実情にある。ドリーム特販(株)のパンフレット(乙第三号証)の表紙には、上部に「リップルベッド」と商品名が記載され、中央部には、原告従来製品の構造を示す写真と送風機の構造を示す写真が掲載され、下部には製造元として英国ターレイ社の社名が、発売元としてドリーム特販(株)の社名が表示されており、また、表紙の裏には「《床ずれ》予防・治療のために20年以上にわたり、専門的な技術開発を続けてきた英国ターレイ社が、日本における病院・施設等の現場のご意見や、ご要望を反映し、特に日本向けに新しく設計した、理想のエアーマットレスです。」との記載がある。ドリーム特販(株)が販売した原告従来製品にも、枕が置かれる位置に甲第二号証の2のラベルが貼付されていた。
(六) 原告は、帝国臓器製薬(株)には現在に至るまで原告従来製品を卸売している。帝国臓器製薬(株)は、当初は、原告従来製品を英国ターレイ社製の送風機と組み合わせて「リップルベッド」の商品名で販売していたが、昭和五七年一二月から、原告従来製品を同社が独自に製造した送風機組み合わせて「RBエアーマットテイゾー」の商品名で販売するようになり、同月一六日、有限会社当時の原告との間に合意書(甲第一三号証)を取り交わした。右合意書には、原告が原告従来製品を岡本理研ゴム株式会社に外注して製造し帝国臓器製薬(株)に供給すること(第三条)、原告従来製品の単価には英国ターレイ社に対するロイヤリティー一二〇〇円が含まれること(第八条)等が定められている。
帝国臓器製薬(株)のパンフレット(乙第四号証の1、2、第二一号証、第二二号証の1、2、第二三号証の1、2)には、原告従来製品が英国ターレイ社製であることを示唆する記載ない。乙第四号証の1(一九八五年三月付けのパンフレット)及び乙第二二号証の1(一九八二年一一月付けのパンフレット)の「RBエアーマット関連商品仕様」欄の商品番号RB三三〇(E八二型送風機置)について、「新発売品-国産新型」の注記があるが、その他の商品(例えば原告従来製品とみられるRB一一〇一般ベッド用マット)が外国製であることをうかがわせる記載はない。乙第二一号証のパンフレットの表紙には、原告従来製品のほかに英国ターレイ社製のものと思われる送風機(甲第三、第四号証の英国ターレイ社のパンフレットに掲載された送風機と同じもの)の写真が掲載されているが、この送風機が英国ターレイ社製である旨の表示はない。これらのパンフレットには、原告従来製品が原告の製造に係ることを示唆する記載もない。これは、帝国臓器製薬(株)が昭和五六年の時点で資本金一〇億八九〇〇万円に及ぶ武田薬品系列の日本でも名の通った大会社であったため、原告従来製品の販売に当たって英国ターレイ社の社名を特に利用する必要がなかったこと、反面、帝国臓器製薬(株)に比べれば全く無名といってもよい原告の社名を製造元として表示することは、販売戦略上かえってマイナスとなるとの判断によったものと推認される。
なお、帝国臓器製薬(株)が販売する原告従来製品には、枕が置かれる位置に、商品名が「リップルベッド」の時代には甲第二号証の2のラベルが、商品名が「RBエアーマットテイゾー」の時代には甲二号証の1のラベルが貼付されている。甲第二号証の1のラベルは、甲第二号証の2のラベルとほぼ同じ大きさで、全体の地色は明るい灰白色である。同ラベルの上部には、横約一三センチメートルの黄緑色地帯(空気を抜いて引き伸ばした状態のエアセルの形態をイメージした上底約二・一センチメートル、下底約二・五センチメートルの二つの台形を上底を重ね合わせて左右対称に配置した形)に大きく「RBエアーマット」「テイゾー」と二段に分けて明るい灰白色(ラベルの地色)で記載され、その下に発売元として帝国臓器製薬(株)の社章、商号、住所、電話番号が記載され、その下に、二行にわたり、
PRODUCED BY CAPETRADING LTD.UNDER LICENCE
FROM Talley Medical Equipment Ltd.
と書かれているが、CAPE TRADING LTD.の部分は他に比べ文字が太くなっている。
(七) 甲第一九号証(看護総合雑誌エキスパートナース一九九〇年一〇月号)には、原告製品のほか、原告従来製品も、帝国臓器製薬(株)販売の「RBエアーマット」の商品名で紹介され、甲第二四号証(一九九二年一二月二四日発行の社団法人日本薬剤師会編集「在宅看護と関連用品」)には、原告製品のほか、原告従来製品も「RBエアーマットテイソ」の商品名で紹介され(入手先は帝国臓器製薬(株)と記載)、甲第五三号証(一九九二年一二月発行の日本ストーマリハビリテーション学会誌第一〇回学会総会号)には、原告製品のほか、原告従来製品も帝国臓器製薬(株)の販売する「RBエアーマット」の商品名で紹介され、乙第一一号証の3(看護展望一九八二年一月号)には、原告従来製品が英国製リップルベッドとして紹介されている。しかしながら、いずれにも原告との関連記載はない。
二 次に、原告製品の開発の経緯と販売状況に関する事実関係をみるに、前記一の冒頭掲記の証拠を総合すると、以下の事実を認めることができる。
(一) 原告は、昭和六二年から原告従来製品を改良した原告製品の販売を開始した。改良の眼目は、白色の送風チューブの位置に変更を加え、目立たない位置に収めるようにしたこと、エアセルの本数を一六本に増やし、その寸法を小さく設定したことである。エアセルの本数を増やしたのは、それによってエアマット使用者の体を低く支えることができるようになり、看護者の処置のしやすさが増大すること、一本のマット(エアセル)が体に接触する部分の面積がそれだけ少なくなって寝心地が改善され、除圧の効果も高まること、全体の重量も軽くなることをねらったものである。なお、この際、原告従来製品については、帝国臓器製薬(株)に卸売する商品を除き製造販売を停止している(甲二五、証人竹田)。
(二) 原告は、原告製品カラー写真を掲載したパンフレットを配って営業活動を展開した。これらのパンフレットに、原告主張の原告製品の形態及び色彩上の特徴がどの程度表現されているかをみてみる。
甲第一〇号証のパンフレットには、エアセルの形状について「超低圧保持を実現する鼓型エアセル」の見出しの下に、「エアセルを鼓型にしたため体圧が平均的に分散され、身体の中心部に余分な負担がかかりません。さらにエアセルの口径を太くして、より低圧で支える設計にしました。」と説明されているが、エアセルの色彩については特段の説明がなく、エアセルの本数についても、仕様を示す部分に「エアセル本数/16本」の記載はあるものの、一六本としたことの技術的な意味については積極的な説明はない。
甲第一二号証のパンフレットには、エアセルの形状について、システムの特長欄の<3>項に「エアーセルの形状は両端が太く、中心部が細い円錐台形設計のため、平均的に体圧が分散され、身体の中心部に余分な負担がかかりません。また、身体がエアーマットによくフィットし、心地よい安定が保たれます。」との記載があり、「結局FC型になります。FC(円錐台形)型は身体を支える基本です。」という見出しの下に、「・右図のように、16本のエアーセルは一本おきに送風チューブで連結されていて、各8本ずつのA系統、B系統の2群になっています。……・A系統とB系統は、5分の時間差で膨張・収縮を繰り返していますので、患者の身体は5分間隔で圧迫部位が移動し、確実なマッサージ効果が得られます。……・エアーセルの中央部が細くなっているため、マットレスと身体の接触面積が広くなり、体圧が分散されます。このため、脊椎部分に余分な圧力がかからず、患者の苦痛をやわらげます。……」との説明があるが、エアセルの色彩については特段の説明はない。エアセルの本数についても、仕様を示す部分に「エアーセル本数16本」との記載があり、システムの特長欄の<2>項に「16本のエアーセルは二系統の空気回路に分かれ、約五分間隔で空気が交互に入れ替わります。無理のない時間差で圧力ポイントが移動し、安眠を妨げません。」との記載があり、「結局FC型になります。FC(円錐台形)型は身体を支える基本です。」という見出しの下に、前同様の記載があるものの、エアセルが一六本であることの技術的な意味について積極的な説明はない。
(三) 原告製品はその販売が増大するにつれて、医療関係の雑誌等にもしばしば紹介されるようになった。これらの雑誌等で、原告主張の原告製品の形態及び色彩上の特徴がどの程度紹介されているかをみてみる。
甲第一七号証の「政府管掌健康保険在宅介護支援事業 介護機器レンタル料助成の手引き 平成5年度版」(全国福祉機器・介護用品レンタル事業協議会発行)には、「床ずれ防止エアー発生調節器」の欄に原告製品がカラー写真入りで紹介されており、エアセルの形状について「エアーセルは端部が太く、中央部が細くなっています。このためからだの中心部に余分な負担をかけません。」との説明があるが、エアセルの色彩及び本数については特段の指摘や説明がない。
甲第一八号証の「改訂新版困った時の介護読本」(日本在宅医療福祉協会発行)には、「ケープのエアーマット」として原告製品がカラー写真入りで紹介されているが、エアセルの形状、色彩及び本数について特段の指摘や説明はない。
甲第一九号証の「看護総合雑誌エキスパートナース」一九九〇年一〇月号には、「スタンダードセット」として原告製品がカラー写真入りで紹介されており、エアセルの形状について「セルは中心部が小さく、両端が大きい鼓型になっているので、体圧が平均的に分散し、余分な圧力がかからない。」と説明され、エアセルの本数については「……16本の棒状の袋(セル)が、5分間隔で、交互に膨縮を繰り返し、患者の足から頭のほうへ、徐々に圧力ポイントを移動させる。」との記載があるものの、エアセルが一六本であることの技術的な意味について積極的な説明はない。
甲第二〇号証の「月刊ナーシング一九九一年六月号」には、原告製品が写真入り(二色写真)で紹介されているが、エアセルの形状、色彩及び本数について特段の指摘や説明はない。
甲第二二号証の「脚光浴びる介護機器業界」(日本債券信用銀行産業調査部平成五年一月発行)には、原告がエアマットレスメーカーの大手として紹介されてはいるものの、原告製品についての具体的な記述はない。
甲第二三号証の「ヘルスケア産業総括報告'94医療・健康・シルバー市場の動向分析」(日経ヘルスビジネス編)には、原告製品が紹介され、エアセルの形状について「円筒形」(原告製品のエアセルの形状は円錐台形型、鼓状なので、必ずしも正確な説明とはいえない)と説明されているが、エアセルの色彩及び本数については特段の指摘や説明はない。
甲第五三号証の日本ストーマリハビリテーション学会誌第一〇回学会総会号(一九九二年一二月発行)には、原告製品が「筒状分離型」製品の一つとして紹介されているが、エアセルの形状、色彩及び本数について特段の指摘や説明はない。
甲第五九号証の「NURSE+1」一九九四年一月号には、原告製品が、圧切り替えのあるセル式(二系筒)エアーマットレス(スタンダード/ケープ)」として紹介されているが、エアセルの形状、色彩及び本数について特段の指摘や説明はない。
原告製品は、その販売の増大に伴い、複数の地方公共団体や社会福祉法人等から、エアマットレスの入札に当たり、見積りの規格品、参考品等として指定されるようになったが(甲第三五号証の1ないし9)、これらの指定に当たって、特にエアセルの形状、色彩及び本数に着目して指定されたものとは認められない。
三 右各事実を前提にすると、次のとおり判断することができる。
原告製品は、寝たきりの老人や長期療養患者等を対象(使用者)とする介護機器の床ずれ防止用の交互膨縮型エアマットレスであり、その商品の性質上、主たる取引者又は需要者は、そのような老人や患者を収容して介護や看護に当たる老人ホーム等の施設や病院であって、一般人が高齢者の在宅介護等用に購入する際にも、それに先立ってそうした施設や病院の専門家の指導や助言を仰ぐ場合が多いであろうことは推認するに難くない。そして、その小売価格も一〇万円前後の価格帯の商品が中心を占めるなど、相当に高額な商品である(甲第一八号証、弁論の全趣旨)。したがって、この種商品の取引者又は需要者は、その購入の決定に当たっては、当該製品の見た目の外観よりも性能等を重視し、他で目にした床ずれ防止用のエアマットレスの形態の記憶に頼るのではなく、カタログやデモンストレーション等によって性能や使い勝手を確認し、製造者や機種等も確かめた上で商品を選択し購入するものと認められる。そうすると、以上のような床ずれ防止用のエアマットレスの商品としての特徴及び取引の実情に照らして考えると、その取引に際し購入者が重視し注意するのは、製品としての機能や価格であり、形態や色彩によって商品を認識するものでもなければ、形態や色彩によって購入の意思を決定するものでもないと認めるのが相当である。
原告製品の使用時における外観形状は原判決別紙物件目録(二)添付の写真のとおりであり、原告が商品表示性を取得したと主張する、横長で円錐台形状(鼓状)のエアセルを、縦方向に一六本配列し、そのエアセルをホックでベースシート上に固定し、それらのエアセルとベースシートをいずれも茶色に彩色しているという、原告製品の形態及び色彩は、その発売前から市場に出回っている床ずれ防止用のエアマットレスのそれと対比しても、さほどに独創的なものではなく、顕著なものともいえない(甲第一七号証~第二〇号証、弁論の全趣旨)。英国ターレイ社の製品が日本市場で初めて発売された時点から数えても現在まで二十数年経過し、急速に高齢化社会を迎え老人介護が大きな社会問題として浮上するに従い、我が国における床ずれ防止用のエアマットレスの市場は、市場規模がますます拡大して多数の後発メーカーが次々と参入し競合する成熟段階に入り、各社の製品の基本形態及び色彩は相互にかなり類似しているものと認められ、このように多くの類似周辺商品が存在する場合には、商品の形態及び色彩に独自の商品表示力を見いだすのは極めて困難である。
したがって、取引者又は需要者にとって、右のような紛らわしい多数の商品が競合的に存在する取引の実情の下において、原告製品を含めて現在市場に流通している各社の商品を見たときに、それぞれ別個の企業の商品であることを示す特徴的な形態及び色彩の違いが存在するものと認識することは困難であると認められる。
製品の販売状況について検討すると、前記認定のとおり、原告の床ずれ防止用のエアマットレス商品である原告従来製品が、原告から製品を購入した会社の企画、製造、販売する商品として、しかも会社によっては原告とは別の商品名をつけて販売されていたのである。したがって、需要者としては、同一又は類似の形態及び色彩の製品が多数の業者を出所として販売されていると認識していたものであり、原告の床ずれ防止用のエアマットレス商品の形態及び色彩を具備する物が、特定の企業ないしは何らかの事実関係、契約関係等によって関連づけられる企業から発売されていると認識する可能性は少なく、形態及び色彩により、原告の床ずれ防止用のエアマットレス商品の出所を、他の商品の出所と区別することは困難であったし、現在においても同様であると認められる。
もっとも、前記認定のとおり、有限会社当時及び商号変更前の原告や、(株)岡島産業、ドリーム特販(株)、並びに帝国臓器製薬(株)(昭和五七年一二月まで)が販売していた原告従来製品には甲第二号証の2のラベルが貼付され、帝国臓器製薬(株)(昭和五八年一月以降)が販売している原告従来製品には甲第二号証の1のラベルが貼付されており、それらには、
PRODUCED BY CAPE TRADING LTD. UNDER LICENCE FROM Talley Medical Equipment Ltd. ENGLANDの表示が存在する。しかしながら、右各ラベル自体、その大きさは原告従来製品全体の大きさと比較すれば、極く小さなものであるだけでなく、全文英文表記である上、通常の用法に従って原告従来製品を使用する場合、枕がその上に置かれて隠れてしまう位置に貼付されており、しかも、肝心の原告の製造に係る商品であることを示す、「CAPE TRADING LTD.」の部分に、太字になっているとはいえ、縦約一・二センチメートルの極く小さなスペース内に記載されているにすぎないから、取引者又は需要者の注意を惹くものではなく、また右各ラベルの表示によって原告が原告従来製品の製造元であることを認識することはほとんど不可能である。
結局、原告従来製品は、原告がその製造販売を停止した昭和六二年までは英国ターレイ社製又は帝国臓器製薬(株)製の製品として、それ以降は帝国臓器製薬(株)製の製品として市場で販売され、取引者又は需要者の間においてもそのような製品として認識されていたし、現在も同様であるものと認められる(乙第一号証の1・2〔原告=旧商号〕、第二号証〔(株)岡島産業〕、第三号証〔ドリーム特販(株)〕、第四号証の1・2、第二一号証、第二二号証の1・2、第二三号証の1・2〔帝国臓器製薬(株)〕の各原告従来製品のパンフレット及び甲第一九号証、第二四号証、第五三号証、乙第一一号証の3の各原告従来製品の紹介記事)。原告が英国ターレイ社に多額のロイヤリィティーを支払ってまでもこのような販売方式を採用し、「リップルベッド」の名称使用を踏襲したのは、国際的に著名な英国ターレイ社や国内の医療用機器の有力メーカーである帝国臓器製薬(株)の社名を前面に出し、それらの企業の製品として原告従来製品を販売することにする方が、業界にスムーズに参入することができるとの販売戦略上の配慮に基づくものであったと推認されるのである。
原告が新たに昭和六二年に原告製品の製造販売を開始した時点において、市場における原告従来製品の販売状況は上記のようなものであったのであるから、新規参入品である原告製品の形態及び色彩が、原告の商品であることを示す表示として取引者又は需要者間に認識され、商品表示性を取得するためには、右形態及び色彩が、原告従来製品との関係でも独自の特徴を具備し、それによって商品の出所識別が容易に可能なものでなければならない。ところが、そのような観点から原告製品の形態及び色彩と原告従来製品のそれを対比すると、原告従来製品は、原告が商品表示性を取得したと主張する、横長で円錐台形状(鼓状)のエアセルを縦方向に配列し、そのエアセルをホックでベースシート上に固定し、それらのエアセルとベースシートをいずれも茶色に彩色しているという、原告製品の形態及び色彩の特徴点を既にすべて具備していたのであり(検甲第一号証の1~4)、エアセルの本数の点で差異(一四本と一六本)があるにすぎない。しかしながら、交互膨縮型の床ずれ防止用のエアマットレスにおいて、横長の略円筒状のエアセルを縦方向に偶数本配列することは、この種商品の交互膨縮の機能に由来する公知の慣用手段であり、原告が強調する程度のエアセルの本数の差異(一四本と一六本)は、看者の視覚には強い印象を与えず、それ自体から商品の出所を識別することは困難であると認められるのみならず、原告もこれまで原告従来製品時代を通じてそのようなエアセルの本数の特徴点に焦点を当てた製品の宣伝広告活動は積極的には展開してこなかったものと認められる(弁論の全趣旨)。
以上の諸事実を総合すると、エアセルの本数の点を含め、原告製品の形態及び色彩が、原告従来製品と比較して新たに商品表示性を取得したと誇るに足りる独自の特徴を具備しているものとは到底認め難い。原告は、原告従来製品と原告製品は、<1> エアセルの本数に差異があるため、個別のエアセルの大きさが異なる点、及び、<2> 原告従来製品は白色の送風チューブがエアマットレスの上部に縦方向に直線で目立つ状態で取り付けられているのに対し、原告製品では送風チューブは全く目立たない位置に取り付けられている点において相違する旨主張するが、それらの点は、床ずれ防止用のエアマットレス商品において、機能上さして重要な部分ではないし、視覚上も特に取引者又は需要者の注意を惹く部分であるとは認められず、それらの部分の形態の差異によって商品の出所識別をすることは困難である。右<1>、<2>の形態上の差異の存在は、前記認定判断を左右するには足りない。
結局、花房志郎個人がドッドウェル日本支社において英国ターレイ社製品の日本市場参入に中心的役割を演じ、その後も同人が設立した原告が国産品の市場開拓に貢献した事実は否めないかもしれないが、原告が製造販売している原告製品についての原告主張の形態及び色彩が、従来においてもまた現在においても原告の商品表示として取引者又は需要者の間に広く認識されるに至ったことのある事実を認めることはできない。当審における原告の主張及び立証をもってしても、右判断は動かない。
四 よって、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求は理由がないことに帰する。原告は、予備的に不法行為に基づく損害賠償も請求するとしているが、ここで原告が主張する法的保護に値する利益というのは、原告製品の形態と色彩の組合せには相当の信用が付着しているとし、このような原告製品を製造、販売することに相応の営業的利益があるというものである。そして、その前提として、原告製品の形態と組合せが原告製品の特徴として十分に認識されていることが述べられている。しかしながら、以上にみたとおり、そもそも、原告製品の形態及び色彩が原告の商品表示として周知となっていること自体が認められないのであり、これを前提とし、特定の形態及び色彩を有するものとしての原告製品の製造、販売につき、原告に一般的な不法行為法上の営業的利益があるものとすることはできない。
第五 結論
本訴請求はいずれも理由がない。請求棄却の原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから棄却することとし(原審から請求のある不正競争防止法四条に基づく請求も広義の不法行為に基づく損害賠償請求なので、当審で予備的に主張された不法行為の主張に基づく損害賠償の請求も控訴棄却でまかなうことにする)、控訴費用の負担につき、民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 上野茂 裁判官 竹原俊一 裁判官 塩月秀平)